【東京エルフ】 喫茶店エルフ ～セレナさんの場合～

　東京⇔エルフ間を結ぶ片道一時間の小休止
Ｅｐ２　喫茶店エルフ　セレナさんの場合
　
　
　白咲（しろさき）玄（くろ）は困っていた。

　自らの経営する喫茶店『はいいろ』のカウンターの中で、その優しそうな眉尻を更に下げながらこれでもか、というほど困った顔をしていた。

　なにせやってきた客に、言葉が通じないのである。

　注文をしようとメニューを手に取るが、日本語がわからないようでその客もほとほと困った顔をする。
　見た目は十代後半の外国人の女性だ。
　恐ろしく整った容貌から、一瞬作り物なのではないだろうかと白咲が見紛う程であったが、メニューを片手にするだけで、まるで一枚絵のように様になっている。
　やや耳が長い気がするが、そこはそれ。身体的な特徴を殊更追及する必要はないだろうと彼は考えた。

　東京の中でも、特に人通りの多い新宿に店を構えるだけあって、白咲はいくつかの言語を片言ではあるが喋ることができる。とりあえず英語、中国語、ロシア語、イタリア語、フランス語、スワヒリ語で話しかけてみたが、どれも首を捻るばかりだった。

　依然、彼女が入店してお冷やを差し出されてから事態は進展していない。

　幸い、昼食後のアイドルタイムであったために、彼女以外に客がいないことが救いであろうか。

　十分ほど、そんな時間が続く。
　彼女が意を決したように、何事か声を掛けてきた。おそらくニュアンスとしては「すみませーん」といったところだろう。白咲は通じないと分かりつつも「お決まりでしょうか」と声をかけて、白紙の伝票を取り出した。

　これと　これと　これ。

　メニューに貼り付けられたナポリタンとコーヒーとパフェの写真を順々に指さした。
　その顔には若干の不安と、食に対する期待の眼差しがみてとれる。

　ランチタイムは終了しているが、そう堅いことはいわないでもいいだろうと、店主はひとつ礼をすると厨房へ戻っていった。



　それから十五分。

　彼女がメニューをじっと眺めたり、足をぱたぱたさせたり、店内に飾ってある白咲の趣味のアンティークを興味深げに検分していると、目の前にナポリタンの皿が差し出された。
　トマトとベーコン、それに少量の香辛料が絡まった、ほどよく食欲をそそられる香りが彼女の胃袋を刺激する。腹の虫がなくような音がしたが、彼は気付いていないふりをしつつ空っぽになったお冷やをつぎ足した。

　やや顔を赤らめつつも、彼女は丁寧にフォークでパスタを巻き取り、口へと運ぶ。
　そこからの表情の変化は、千変万化とでも表現すべきものだった。

　まず舌が感じるのはほんの少し混ざった鷹の爪の辛みだろう。彼女はほんの少し肩を跳ねさせ、お冷やに手をかけようとしたところで動きが止まる。
　ある程度咀嚼したことで、パスタの甘みとベーコンのジューシーさが、表に出てきた為だった。噛めば噛む程その味が混ざり、トマトケチャップの風味の中で統合され、調和のとれた味へ変化する。
　最早、彼女は先程水を飲もうとしたことを忘れたかのように、次の一口を運んでいた。

　ナポリタンを噛みしめる度に幸せそうな顔をする。
　白咲は自分で拵えた料理の筈なのに、とてもそのナポリタンを食べたい衝動に駆られた。

　――今夜は、ナポリタンにしよう。

　そう、固く決意をすると自分がじっと彼女のことを見つめていることに気が付いた。
　ただ食事をしているだけなのに、妙にその光景に妖精じみた何かを感じていることを実感し、小さく頭を振った。

　いよいよもって、彼女がなごり惜しげにパスタを食し終える頃を見計らい、白咲はパフェの調理を開始する。
　自分が納得できる農家から直に買い集めたパイナップルとオレンジ、マンゴーのフルーツミックスをパフェグラスの底に敷き、フレークの上にクリームとチョコレートソースを重ねるように積み上げる。
　クリームは生クリームとカスタードの割合を５対５で混ぜ合わせたオリジナルだ。
　綺麗にクリームでトップを飾り、自家製栽培のラズベリーとブルーベリーのジャム、ミントの葉を添える。最後に自分で焼いた長細い焼き菓子を添えて、合間をみてドリップしていたコーヒーと一緒に彼女の元に届ける。

　彼女はきょとんとした様子で、パフェを色々な方向から眺めると伺いを立てるようにこちらを向いた。

　――これ、どこから食べるんでしょうか？

　そう言わんばかりの惚けた顔に、白咲は適当な箇所をスプーンですくう動作をしてみせる。
　彼女はしばらく、何事かを悩むようにしたあと、意を決したようにスプーンを口に運び、






　今日、一番の蕩けた表情をした。






　見る者を全て魅了するような、幸せな人間を体現するようなその様は、窓の外から聞こえてくる東京の雑踏を一切感じさせないかのごとく、隔絶した雰囲気を作りだしているかのようであった。
　気のせいかもしれないが、白咲は店の中の空気が震えた錯覚すら覚え、我に返る。

　そんな店主の心も知らず、彼女は夢中になってスプーンをパフェと口の間に往復させ続けた。
　ランチメニューのナポリタンの後に、これが入るのだろうか、という白咲の危惧もどこへやら、あっという間に食卓に残されたのはコーヒーだけになってしまった。

　彼女はそのまま意気揚々と、コーヒーカップに口をつけ、そのまま固まった。

　やや涙目のように見える。
　それもそのはず、白咲の特濃ドリップコーヒーに砂糖もミルクも入れずに口を付けたのだ。そんなことをするのは常連客の二日酔いで朝食を食べに来るサラリーマンくらいである。
　彼女を健気にも、その一口を嚥下し、そのまま少しだけクリームのこびり付いたスプーンを口に入れた。
　相当、堪えたように見えた白咲は、そっとテーブルに近づくと砂糖をさじに三杯、ミルクをピッチャーの半分混ぜたカフェオレを仕立て、そっと彼女の目の前に差し出した。

　不安げに白咲とコーヒーの間に視線を彷徨わせ、これまたぎゅっと目を瞑り、コーヒーを煽る。言葉にせずとも「毒を食らわば皿まで！」と言わんばかりの勢いだった。
　見ていて飽きない客だなぁ、と白咲は微笑ましくその様子を見守る。

　口に含んでから一秒、二秒、三秒が経ち、ぱちくりと彼女は目を見開いた。
　そのまま、もう一口。
　どうやらお気に召したようだ。

　ぱたぱたと足を弾きながらコーヒーを啜る様を眺めつつ、白咲はもうすぐこの愉快な客ともお別れか、とほんの少しの寂寥感を抱いていた。言葉は通じずとも、自分の作ったものにここまでリアクションを返してくれるというのは、中々に嬉しいものである。
　常連になってくれたら、さぞ面白いだろうな、と彼は心の中で独りごちた。



　さて、コーヒーも飲み干したところで彼女が腰のポーチから皮の袋を取り出した。
　財布のようだが、随分使い古されたもののようだ。骨董品の中で、見たようなものに見覚えがあるような気がしたが、やはりそこも別にどうでもいいだろう。

「―――ィ、アクォジュー――」
　硬貨を取り出しつつ、彼女が困ったように何事かを呟く。
　戸惑った雰囲気に対して白咲は、満面の笑みでこう言った。

「ありがとうございました」

　彼女は直ちに戸惑いを霧消させ、同じように笑顔で

「アリャート、ゴザマシタッ！！！」

　と握手をするように硬貨を白咲に握らせると、扉に掛かったベルを鳴らして新宿の街へと去って行く。

　白咲がまだ熱の残る掌をみると、そこには見たことのない国のコインが握られていた。



　あれ以来、彼女が喫茶店『はいいろ』を訪れることは、今日までない。

　ただ、白咲はそのコインを見る度に、あの愉快な少女を思い出すのだ。

　そして次にあった時には、必ず言おうと心に決めている言葉がある。









「ナポリタン、クリームパフェ、コーヒー。合わせて2000円になります」と。

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　著：わさび　表紙絵：参謀のＡ　
　
　　「いやぁ良い食べっぷりでしたねェ、セレナさん。思わず喫茶店のあのケチャップケチャップしてる感じの真っ赤なナポリタン食べたくなっちゃうな～」ウネウネ
　　「うあ～お腹減って来たよ兄ちゃぁん」ぐるる……
　　「アンタいい歳して腹からライオンみたいな音出してるんじゃないよ、んもぅみっともないんだから～」もぐもぐ
　　「そういう兄ちゃんだってさっきから自分の触手を無意識にもぐもぐしちゃってるじゃん！触手はパスタじゃないよ！」
　　「ハッ！？」チュバァッ！！
　　「ハッ！？……じゃないよもう。……うあ～あのわざとらしい味が食べたい食べたい食べたい～～～～！」ジタバタ
　

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　　「仕方ねぇなぁもう、じゃあ作ってやるよ」（お兄ちゃんモード）
　　「わぁい！お兄ちゃんチョローイ！…………ていうかさ」
　　「あん？」（エプロンを巻きつつ）
　　「ズタ袋の上からエプロンって、意味なくない？」
　　「お前の周りじゃエプロンは裸がデフォなのかよ」
　　「あ～」←凄い納得している。

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　エルフの話しを触手で締める＝自然の摂理！
　次回の東京エルフは浅草の古書店エルフをご紹介！
　

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