電脳勇者浪漫活劇”A4” 【三度目の後篇】
- 2014/09/26
- 17:33






タレス地下監獄451階層 エントランス
「おはよークレイブ」
「おはよう、はえぇなお前」
「あれ?……その装備」
エントランスにログインしてきたクレイブのアバターを見て、一足先にログインして待っていたセレンが不思議そうに首を傾げた。理由は単純明快、クレイブが全身を黄土色の外套で覆っているからだ。
「ん?……ああ、これか。そろそろ対人戦も想定に入れなきゃならんしな」
全身を覆っていたフードと外套を払い上げ、その装備の全貌を露わにした。
「へぇ~カッコイ、……イ?」
一見してその装備は邪悪な雰囲気を携えていた、胸の中央には眼球を模した文様があしらわれ、関節部や手甲部分などは魔神の爪のように鋭角、光に反射した部分はうっすらと紫がかって見え、それがまた禍々しくも高貴な印象を見る者に与える漆黒の鎧。黒騎士装備と呼ばれ、ビジュアル的にも性能的にも高い人気を誇るナイト系統防具の傑作ブラドヴォルグ・シリーズ。
「なんでバケツなの……?」
ブラドヴォルグ・シリーズ。頭装備以外、ブラドヴォルグ・シリーズ。&バケツ。
「俺のアイデンティティだ」
腰に手を当てて(決め顔で(恐らく))誇らしげに言い切るが、誰がどう見ても明らかに頭だけ浮いている。というか光の角度によっては鉄仮面だけ暗がりで本当に宙に浮いているようにも見える。とって付けた感が半端ではない。
「ハァ……まぁ、クレイブがダサいのは今に始まった事じゃないけどさぁ」
そう言いながらクレイブの周りをジト目でくるくると回るセレン。
「でもさ、これから下の階層も普通にモンスター出るんだよね?」
「ああ、さらに強力になってくるはずだ」
ふんぞり返って見られるがままのクレイブ。
「ふぅん、対人装備で平気なの?」
「安心しろ、その辺は考慮してある」
《ブラドヴォルグ》シリーズ。通称黒騎士装備には高い防御力や《物理攻撃力30%UP》スキルの他、強力なパッシブスキルが実装されている。
《ネクロバインドLv5》エネミーと接触時に25%の確率で発動するこのスキルは相手の行動速度を五秒間半減させる。これは攻撃、防御の両面で発揮される為盾役を挟んだ白兵戦では凄まじいアドバンテージとなる。こと今回の監獄迷宮でのクレイブが守りながらセレンの詠唱時間を稼ぐバトルスタイルに於いて、ブラドヴォルグシリーズの有用性は明らかだ。
「……という訳で、むしろ以前よりもモンスター戦はスムーズに行くと思うぞ!」
「……うふふっ、そっかぁ」
力強く拳を握ってキメ顔を向けている(と思われる)クレイブに、セレンが穏やかな海のような優しげな微笑みを返す。
「じゃあ今日もぼちぼち――」
「ねぇクレイブゥ」
穏やかな笑みを浮かべるセレン。
「なんだ?」
「―――なんでその鎧今頃装備してくんの?」
「うっ」
その一言に、ビシリとクレイブ背筋が凍りつく。
「ねぇなんで?」
波は穏やかなまま、その下では海底火山が唸りを上げていた。後ろめたい気持ちがクレイブの背中に滝のような冷や汗を生む。
(しまった……)
セレンから彼女の父親譲りのマジギレする直前に凄い優しい感じになる時の雰囲気が出てる。小学生の頃から擦りこまれた弟の本能が警鐘を鳴らす。
「えっと、なんでというとつまりィ……」
「それさぁ、今までの階層もその装備だったらもっと楽に通れたとこ沢山あったよねぇ?……え、なに?つまり何?」
「そ、それはだな……」
何か、何か良い言い訳はないか。おらんか!誰ぞあれ!姪がコワイ!
「……そうっ!まずは状況を伺う為に灼熱舞踏シリーズの機動力が必要で――」
「その新しい装備のスキルでカバー出来るんでしょ?」
「うっ」
時を追うごとにしどろもどろになっていく重層騎士。それを尻目に、ワイプウインドゥを展開して何かを確認し始めるセレン。
「ちょ、長期戦を見越してリジェネスキルがだな―――」
「へえ~今WIKI見たけど防御力凄いねブラドヴォルグ!防御力258もあるよ!これなら浅草装備の五倍くらい耐えられるね~。回復薬も抑えられて一石二鳥だよ?」
「ぐっ」
バツが悪そうに眼を逸らすクレイブ。だがセレンは逃げ場を与えるつもりもない。
「うぃ、WIKIはちょっと適当な事書いてるトコあるし―――」
苦しい。苦し過ぎる言い訳だ。普段さんざ『WIKI見とけよ』を口にする男が言うと情けなさも一入(ひとしお)である。無意識の内に両手の人差し指を合わせてグニグニし始める。これはもうダメだ。
「うわっ!すごっ!ブラドヴォルグの末端価格って浅草の100倍くらいあるよ!?超レアじゃん!あはは!そりゃ強いのも当たり前だーあははー」
「あ、あははー」
ぎこちなく笑ってみるものの。
「……」
「……」
(あかん、目が座っとる―――)
二分後、謝った。
―――
「入る前浅草装備で『これが最善』とかなんとか言ってたよねぇ?」
「あれぇ、もしかしてクレイブ今まで本腰入れてなかった訳ぇ?あ~、そうだよねぇ~、クレイブ嫌々だったもんねぇ」
「……」
実際、クレイブは本腰を入れていなかったのは事実だ。ブラドヴォルグ装備はクレイブの一張羅だ。リアルラックの無いクレイブがひたすらに鬼畜染みて強い上やたらと出現率の低いレアエネミーをコツコツ倒して素材を集め、リアルラックの無いクレイブがやたらと高騰している合成成功率上昇アイテム限界まで使ってどうにかここまで鍛え上げた、血と汗と涙と奇跡の結晶なのだ。揃えた時には思わず雄叫びを上げた。
ロストで復帰させるリアルマネーの金額も段違い、むしろこんな治安の悪いサーバーでデータがクラックされてしまったら目も当てられない本当の本当に自慢の一品なのだ。出来れば出したくはなかった。
「そりゃぁもう舐めプになるのも仕方ありませんよねぇ、あ~あ、なんか悲しくなってきちゃったなぁ。私ばっか空回りしてる感じ」
「セ、セレンさん?」
「あ、ごめんクレイブは全然悪くないよ?」
相も変わらず花が咲くような笑みを向けてくるセレン。ツインテールが光を弾いて全体的にキラキラして見えるがこのわざとらしく可愛い感じは確実に不機嫌だ。クレイブはあれからもう10分以上取り付く島もない彼女を相手に気が付くと自然に正座していた。
「だって嫌々付き合ってくれてるんだもんね?」
(うぉうふ)
猶予を与えない怒涛の嫌味の連打である。内心クレイブは、「正直そこまで俺なんか悪い事したかなぁ?」とも思っているが女性というモノはこうなってしまっては男の理屈は通用しない。その事は流石にいい大人なのでクレイブも分かっている。若干自分に否があった事も分かっている。しかし
(駄目だ、このままではいかん)
そう、クレイブもいい大人だ。相手は十代の小娘。ここは一度ビシッと大人の男の威厳ってヤツをみせてビシッとこの場を収めねばなるまい!うつむきつつも拳を握って決意を固めた。
対して怒っている筈のセレンは先程からほとんど全自動で墓穴を掘りながら泥沼に沈んでいき、結果うつむいてしまったクレイブを見て。
(ちょっと意地悪するつもりだったのに、なんか引っ込みがつかなくなっちゃった……)
流石にちょっと言い過ぎたか、と内心反省する。
(―――よし)
「おじさん、もういい――」
と、同時に腹を決めたクレイブが勢いよく立ち上がった。
「――よ、え?ちょ、おじさん何?」
そのままの勢いでセレンの両肩をガッシリと掴んだ。
「ちょっとやめてよ、ちか――」
クレイブは肩を掴んでから一歩、距離を詰め、まっすぐにセレンを見つめる。
「………………ちかい……、……です」
急にクレイブの顔(鉄仮面)が至近に迫った為、距離をとろうと身をよじったセレンは、自然と顎を引いた上目遣いになって見つめ合う形になった。セレンは自身の頬が物凄い速度で熱もっていくのを感じ、今度は彼女の方が羞恥心から目線を彷徨わせ始める。
「セレン!(低音)」
「は、はい!」
ハッキリとした調子で名前を呼ばれ、反射的にセレンの背筋がピンと伸びる。
「……」ズイッ
「え、え、あの……っ!」
(ななななにこれなにこれなんぞこれちょっと待っておじさん何考えてんのまだ私ちょっと、こ、心の準備とか色々出来てないしわわ、私怒ってたのに今の流れをうやむやにする為にこんなことしてるんだったら、ちょ、ちょっとデリカシーないし無理やりだし強引過ぎるんじゃないかなー、あ、そっかだからおじさんモテな――)
そのままゆっくりとクレイブの顔がセレンへと近付いていく。セレンはギュッと拳を握り、何かを覚悟したように瞼を固く閉じて身構えた。
「――――っ」ギュっ
最早吐息も届くほど密着した状態、セレンの耳元でクレイブが囁く。
「――――どうだ?(低音)」(ぼそぼそ)
「ふぇ?」
「焼肉で、どうだ?(低音)」(小声)
「……………………………………………………………………………………………………………………ん?」
自身の思考に全くそぐわないクレイブの言動が理解出来ず、セレンは訝しげに眉根を寄せて相手の横顔を伺う。
「……ステーキでも、いいぞ?ん?(低音)」(小声)
こいつは何を言っているのか?
「……ちょっと待って」
まさか、飯で釣っているのか。
「フッ、好きなだけ考えろ、ただ兄貴からはあんまり甘やかすなって言われてるから秘密だぞ」
つまりこれが十代の小娘に対する大人の、男の、威厳である。
「……」

そのドヤ顔にセレンは欺瞞と失望と憤りと哀愁を煮詰めたような筆舌し難い視線を送っているが「やれやれエリは昔から食いしん坊だからなー」などとドヤ顔で回想に耽っているクレイブは一向に気が付く様子はない。
「おじさん、ちょっといい?」
「なんだ?」
スッと首に手を回してクレイブを抱き締めるセレン。
「あん?どうし――」
そのままムエタイの首相撲の要領でクレイブの上体を引き寄せ、同時に足元は軽いステップを踏んで助走。
「おじさんのっ―――!!!」タンッ!!
態勢を崩し中腰になったクレイブ、爪先で石畳みを蹴って弾丸のようにセレンのふとももが上がる。
「弩アホォーーーーーーーーーーーッ!!!!!」
ドゴォンッッッ!!!
「何でぐふぇッ!?」
裂帛の気勢を込めた膝蹴りがクレイブの腹筋で爆発した。
―――
「おかしい……絶対にスキルの振り方がおかしい……グラップルに何レベル振ってんだ……」
「もう、ごめんって言ってるじゃん」
エルフの蹴りでブラドヴォルグの装甲ぶち抜いてHP半分持ってくとか最早バグにしか思えない。
「つーか何であんな怒ってたんだよ?」
「ま、まぁいいじゃん!嬉しいなー!あたし光来庵の焼肉久しぶり~」
「え?光来庵行くの?」
光来庵は実家の近所にある高級焼肉店だ。あそこの肉を食べるとしばらく普段口にしている肉類が味付けしたゴムみたいに思えてくる程度には超美味い。炭火で弾ける肉汁の音さえ違って聴こえる。いや正直麻薬でも入ってるのではないかと疑ってしまうほどに、通常の肉とは一線を画した旨み由来の恍惚を味わえるが値段も一線を画している。桁がひとつ違う。噂によれば銀色の肉牛を使ってるとか何とか。
以前、姪が大学に受かった時に後学の為に連れて行ったがクレイブ自身もそれ以来行っていない。
「え、違うの?」
「……ぐっ」
さらりと言ってくれるがキツイ。実際キツイ。独身とは言え今月はもう既にセキュリティソフトだけで6万飛んでいる。ロストから復帰させるのにも少なくない金額がかかる。ブラドヴォルグ装備ごと吹っ飛んだらさらに倍はかかる見積もりだ。もっと言えば月末に車検も控えている。
だが冷静に考えればエリも十代と言ってももう大学生。近所の焼肉チェーンやステーキチェーンで大歓喜するような年頃でもないか、という納得もある。
昔はどんなにプンスカしてても500円のアイスを買ってやるだけで『おじさん大好き~!』ってニコニコ抱き着いて来たというのに。
(ホント、でっかくなったよな……)
まっこと時が流れるのは早い。歳をとる訳である。
「……」
しかしキッツイ。
「おじさん?」
脳内で自身財政状況と姪の成長を並行して振り返っていたクレイブだが、不安そうに覗き込んでくるセレンの一言で現実に引き戻された。
「ん?ああ、すまん考え事してた」
「え、えと、……そんなに嫌だった?」
「え?別に」
「あの……、いやさ、別におじさんが嫌なら他の所でもいいし……」
セレンは決まり悪そうに視線を外すと、両手を後ろ手に組んで、足元の小石を爪先で転がし始める。
「っていうか、その、私春休みの時のバイト代残ってるから別に奢ってくれなくてもいいっていうか……」
「……?」
(ん、これはあれか?もしかして、俺の財布事情を心配してんのか?)
思えば昔から、ワガママなようでいて変なところで気を遣い過ぎる子だった。
「私は、その、久しぶりにおじさんとご飯食べに行きたいなぁって、思っただけだから、だから――」
「エリ」
リアルネームの方で呼びかけてその先を制する、姪っ子にそれ以上気遣われると叔父の面目に関わる。というか第一元を辿ればクレイブの「すげぇ高い物食わせてやんよ」オーラを出したのがそもそもの発端である。
「……たく、ガキがそんなの気にすんな!俺もよく考えたら久々に高い肉が食いたい!」
最近だんだん野菜を美味しく感じるようになってきたし。あと肉より魚が美味い。という訳でよく考えたらああいう高い肉以外「食おう」と思う事もなかったので久しぶりにガッツリ食って夏バテ対策に滋養強壮しておくのもいい先行投資と思う事にした。それに
「ガキじゃないもん、……ホントにいいの?」
「おう!いいぞ!おかわりもいいぞ!」
「うふっやったー!焼肉だーー!」
それに、先日の件もある。一緒に飯でも食って少しでも元気になって欲しい。その為には多少の出費などなんてことはない。一張羅の装備だって惜しくない。今は彼女の為にしてやれることは何だってしてやるつもりだ。それがクレイブの率直な気持ちだった。
まぁ、多少叔父に甘え過ぎているきらいはあるが――
「…………まぁ今の内か」
「?なんか言ったクレイブ?」
「いや、言ってない」
「そう?じゃあ焼肉約束だからねクレイブ!」
「はいはい、全部終わったらな。じゃあ今日も潜りますよ~姫様~」
「はーい!騎士様~♪」

【帰ってきた後編】に続く。(感情を失った僧侶の顔をしている)
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- テーマ:自作小説(ファンタジー)
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