千年後に或いは魔導書となり得る書物へ

　例えば百年後、我々の常識は危険な思想となっているかもしれない。例えば二百年後、我々の読んでいた紙媒体の本は消えているかもしれない。例えば五百年後、今の歴史はなかった事になっているかもしれない。例えば七百年後、世界は滅んでいるかもしれない。例えば九百年後、貴方の友達の友達が神格化しているかもしれない。
　例えば千年後、あなたの読んでいる本が魔導書になっているかもしれない。

　今回はそんな切り口から、本というモノを見てみよう。
　
　魔導書と言って浮かんでくるものといえばまずは《ネクロノミコン》や《ピカトリクス》《ゴエティア》《民明書房》など中世ヨーロッパで流行したグリモワールからアメリカの怪奇作家Ｈ・Ｐ・ラブクラフトが作中で登場させたクトゥルフ神話由来のものが多いだろう。
　これらは創作や哲学、ある種の思想と科学が少なくない年月を背景に神秘化した傾向にあり、クトゥルフ神話由来の書物に関しては、モデルがあるもののそれ自体が現代社会に巧妙になじむように築かれた架空の創作物であると断言できる。
　また、現代を席巻する大宗教の書物の存在も忘れてはならない。

　《聖書》である。

　例えば読むだけで人が呪い殺せる本はあるだろうか？或いは読むだけで人が自殺する本はあるだろうか？
　現状ないとするならば、仮にそのような本を作る事は可能だろうか？
　彼の大魔術師や錬金術師、陰陽師巫女神官聖者ｅｔｃが起こしてきた秘術は現代では科学となっている。
　
　奇跡とはなんだろうか？魔法とはなんだろうか？あり得ない事が起こるのか？それとも我々が理解できない事が起こるのか？

　前者であるならばそれは錯覚か創作か勘違いだ。そんなものは存在しない。ありえないことがありえたらそれはもうありえることなのだから、自らの尾を噛んで回る子犬のような有様だ。

　後者であるならば、それは確かに存在する。そして確かに存在した。
　大衆化による情報の並列化が巻き起こした基礎教養の進歩は、現代から魔法を奪った。
　だが果たして我々が本質的に理解出来ている事がどれだけあるというのか？
　ネット環境における検索エンジンは容易に我々をインスタント賢者へと変容させる。しかしその情報の正否を確かめる術が本当にネット上に存在するのだろうか？
　多くの情報の合否は《説得力のあるモノ》が採用され伝播している。それは《正しい情報》が伝わるという意味ではない。また画像と動画は技術さえあれば加工する事が出来る。
　切りがないと思われるかもしれないが、自身の経験した実際的経験以外に疑う余地がないものなど存在しえないのだ。それさえも実のところを言えば真実と遠い場所にある。人間は五感でしか世界をみる事が出来ないのだから。
　我々は身の周りのもの全てを疑って生きる事は出来ない。

　故に、我々は現実を信じている。

　どのような異常な状況であろうと、生まれた時からそれが日常である事を知っていれば疑う余地はない。だが世界は確実に異常をきたしている。

　『例えば君は月を見て、あそこに行こうと思いますか？』

　私が二百年前の人間であったのなら世迷いごとと思うだろう。あそこは神の場所だ。なのに人は宇宙に行く事が出来る、それは決して現代では荒唐無稽な話しではない。我々はそれを知っている。本当に行ったかどうか確認はしてないがそう信じている。

　『海を越えた場所にいる友と今語らう』『空を飛ぶ』『交響楽団をポケットに持ち歩く』『巨大な街を一瞬で灰にする』『内臓を取り換えて蘇る』

　すべて当たり前だ。だが考えてみれば当たり前の現象など何一つ起こっていないこれは完全に異常事態だ。それでも我々には疑う余地がない。電気が何かを知らず、電波が何かを知らず、水が何かを知らず、疑う事を知らず使い方だけ知っている。
　仮に著名な研究者が携帯電話は、地縛霊が巻き起こすエクトプラズマから発せられる世界共振作用を利用した陰陽霊波動で通信していますと言って世界の科学者が特に否定もせず、携帯が普通に使えていたら我々はたぶん陰陽霊波動を信じていただろう。

　「安部ちゃんゴメン！ここ霊波弱いわ～」「マッジぃ？成仏してる系そのへ～ん？」「ぽいわぁ教会ちっけぇしぃ」みたいな会話だってあったかもしれない。

　情報が人に何を与えるか？それは常に人が信じうる世界を与えるのだ。

　そしてこれが書物の、紙束の奥義とも言える。
　前述した聖書を始めとする様々な宗教的バイブルには全て読者に信じうる世界を与える力を秘めている。これはオカルトとは無縁の、確固たる事実として存在している。
　この力は時として人を残酷にも慈悲深くも変え、なにより強いやすらぎを読者たちに与える。
　疑うという行為はそもそも生物学的にストレス下における反応なのだ。人は大きな存在や気を許せる存在を信じ続ける事で強い安心感を得る事が出来るのだ。

　
　そしてこれらの書物の興味深いところは、共通の内容によって地上の至るところで異なる人々に共通の世界を提供し、その本を通した向こう側で共通部分を中心とした一個の立体的な存在として成立しているという点だ。
　まるで一冊の本の向こうに光り輝く大樹を感じるように、信者は書物を読む。
　
　別に宗教書に限った事ではない。まったく同じような絵柄と文面ばかりの紙束がそれを与えることもある。
　各国に翻訳されて世界中で人を狂気にも天国にも連れて行く書物と言えば紙幣だ。
　この世界中に散らばった魔導書は集めたページ数に応じて大抵の願いを叶えてくれる優れものだ。世界中で読まれている。
　本質的には、あれは模造の難しい絵が描かれたただの紙だ。我々がその内側にある力を信じているから、疑いなく使う事が出来る。
　書物の奥義、文字の奥義とは人の認識を定める部分にある。それによっては読者を別の何かに変える事すら可能だ。

　前置きが長くなった。それでは現代の魔導書の紹介に移ろう。

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　まずはコレ。
　

ゼクシィ首都圏版 2013年 12月号 [雑誌] (2013/10/23) 不明 商品詳細を見る

　破壊力★★★★★
　防御力★★★★☆
　狂気度★★☆☆☆
　解説：タウンページに匹敵する超重量を持つ大型の魔導書。タウンページよりも良質な紙材で構成されておりその角は鋭利。使い方次第では容易に人の頭蓋を砕く事が可能。重量からしておおよそ人間の携帯出来る範疇ではない為、もともとは蛮族の聖典であったと推測される。
　女性はこの書物を読むことで高確率でステータスが《スーパーアーマー状態》に変化し、高揚する。また男性に読ませる事でステータスに《衰弱》《正直あんまり興味ない》を付与し体力を奪う事も可能。
　用例▼
　

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　だが残念ながらその重量の為、動きは鈍くなる模様。亜種に男性用ゼクシィも存在するが、読むことによって起きる効果は同じである。
　続いてこちら。

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LO (エルオー) 2007年 03月号 (2007) たかみち　緋鍵龍彦　月吉ヒロキ　鬼束直　雨がっぱ少女群　佐々原憂樹　H-magic　ねんど。　ほかまみつり　スミヤ　朝木貴行　冴樹高雄　EB110SS　うさくん　いさわのーり　裏次郎 商品詳細を見る

　破壊力★☆☆☆☆
　防御力★★★☆☆
　狂気度★★★★☆
　解説：ゼクシィと比較すると破壊力は劣るジャンプサイズの魔導書。しかし携行性に優れている為服の下に仕込んでおけば出刃包丁程度の攻撃ならセーブする事が可能。可愛らしい表紙をしている為、大変手に取り易い魔導書だが、内容は姦淫と狂気の純愛で満たされている。恐らくラブクラフト御大でも読んだらドン引きする。
　男性がこの書物を読むと徐々に性的な境界線が揺らぎはじめる。ファッションロリでＬＯを読んでいたら徐々に慣れてきてマジもののロリコンになってしまった事例も報告されている危険な魔導書。だが、生来の幼児愛好家達の猛りを鎮める効能もある為、一概に邪本とも言えない。（※エンチャントＴＡＫＡＭＩＣＨＩ）
　成人ゲームと併用すると精神と肉体に変革を齎す危険性がある。
　症例▼
　

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　ファッションロリで済んでる内は良いが本物になると取り返しのつかない事になる為注意が必要。似た症例で男の娘好きからニューハーフ好きに移行して、境界線を見失った報告もある。
　最後はこちら。

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La casa de los herejes 2 (2010/12) Gengoroh Tagame 商品詳細を見る

　破壊力★★★★★
　防御力★☆☆☆☆
　狂気度★★★★★
　解説：ゲイ漫画界の聖人『田亀源五郎』が著作した幾つかの書物がこれにあたる。彼の魔導書は海外での評価も高く上記の書はフランス語に翻訳されたものだ。内容はハードＳＭからコメディタッチの近親モノ、かと思えば人情味溢れるダンディズムも華麗に描写し読者を飽きさせない。無垢な森の妖精（ガチムチ）に旅人（ガチムチ）がまぐわい方を教えるノスタルジックな物語や初めてゲイバーに行った青年が暗がりで二人の男に弄ばれ、電気をつけたら兄と父だったなどというコミカルな話しなどノンケがネタとして読んでも楽しめる内容だ。
　だが、ネタとして集めるのもいいがあまり嵌り過ぎるとＬＯ同様精神に変革が起きる可能性がある。本棚とはその持ち主の人格を現すとはよく言うが、徐々に増え始める《田亀製の魔導書》は心の内に巣くうもう一人の貴方を呼び覚ます危険性がある。
　かの哲学の巨人『ヴィルヘルム・ニーチェ・ユーリ』師は言った。

　『人が深淵（ホモ）を覗き込むとき、深淵（ホモ）もまたそこから貴方を覗き込んでいる。』　

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　この書の防御力が低い理由については敢えて言及しない。
　私はあの日の友人の言葉を忘れないだろう。

　『最近、なんだか分かんなくなってきちゃった』

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　さて、如何だっただろうか？
　これらの本が千年後どうなっているか、それを知る術を私はもたない。

　おそらく時の流れはこれらの書物を風化し、忘却の彼方へと溶かしていくだろう。
　
　だが、或いは。もしかしたら。

　ありえない事などありえない。私達の読む本がとんでもないモノになっている可能性もやはり０ではないのだ。
　
　そんな風に未来を思い描きながら、過去の結晶たる書物に目を通してみるのも、たまには面白いと思わないだろうか？