電脳勇者浪漫活劇”A4” 【泣きの後篇】
- 2013/11/05
- 09:13





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タレス地下監獄 104階 螺旋階段
コツコツと石段を鳴らしながら二人は、常闇の底へと降りていく。
「しかし一週間で100層越えか、良いペースだな」
前を歩くクレイブが肩越しに振り向く。それを受けてセレンが腰に手をあてて、誇らしげにブイサインを返した。
「だいぶ慣れて来たよ~!」
このダンジョンのコツは敵の殲滅ではない、如何に要領よく敵を切り抜けるかだ。しかし1階層を攻略するのに、極力隠密行動に努めていても敵と遭遇せずに次の階層に向かうのは実質不可能だ。加えて魔王クラス相手では本来逃走は不可能に近い、逃走中のプレイヤーに対して魔王クラスは壁を破壊しながら最短距離を追いかけてくるのだ。
では、どうするのか?セレンはこの一週間で、敵をどう振り切っていくのか、その自分なりの方法を徐々に会得し始めていた。
「名付けて壁ドン戦法!」
壁を破壊したモンスターは、その壁からのルートでエリアを越えようとしてくる。避けようもない敵に遭遇した際、まずはクレイブが先に囮になって誘導し、そこをひたすら魔法剣で狙い撃つ。本来その程度で止まる様な耐久力ではないのだが、雨剣シェリア=ネイレで拡散範囲化された上位魔法剣は数発でそれを沈める。詠唱が長い上位魔法剣も、敵が出てくるタイミングと場所が分かっていれば当てる事は容易い。
この戦法は嵌ってしまえばこの上なく強力な戦法だった。
誤って発見された場合でもクレイブの援護さえ間に合えば、必要最低限のリソースで追跡者を排除できる。
「……その名前どうにかなんないか?」
「なんで?」
「いや、別に……」
「?……まぁいいや。ふふんクレイブ、私がいれば無敵だね!」
クレイブが何故この戦法名に難色を示すのかセレンには分からなかったが、とりあえず鼻を高くして前を歩くクレイブを見やる。
「ハハ!お前が壁壊させたらその先がモンスターハウスだったのは笑ったけどな」
そんな様子を見て、少しからかってやろうとクレイブが先日の失敗を引き出す。
「私もクレイブが孔雀羽に引火したの気付かずに瀕死になったのは相当焦ったよ。エルダーキマイラの前で『セレン平気かっ!?』ってドヤ顔で振り返った瞬間気絶するんだもん」
すぐさま声真似付きで意地悪が三倍になって返される。
「あれは、……もう忘れてくれよ」
「『平気かっ!?』」
「お願いやめてっ!」

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タレス地下監獄 151階 エントランス
「明日から夏休みだー!」
部屋に入るやいなや装備を放り投げて大の字に寝転ぶセレン。
「お、友達とどっか出掛けるのか?」
クレイブが一足遅れでエントランスに入ってくる。
「勿論クレイブと地下に潜るよ!」
「海に潜れよ」
うんざりとした声でクレイブが告げる。そんな言葉もどこ吹く風か、セレンは床をゴロゴロと転がりながら長期休みの入口に胸を躍らせているようだ。
「まだ寒いもーん」
そんな事を言ってクレイブの言葉をはぐらかす。ゴロゴロ。
「そうじゃなくったって、なんかこう、あるだろ?彼氏とかいないのかお前?」
「あはは!居たらこんなにログインしてないって!」
その場に正座で向き直って「やぁねぇ」と口元に手をあててオバちゃんのように笑ってみせるセレン。言われたクレイブの方が逆に落ち着かない、彼女に年相応の交友関係があるのか不安になってきた。
「うあぁ、なんか心配になってきた。お、お前ちゃんと友達いるか?学校であぶれてないか?」
「アハハ!大丈夫だよ~」キラキラキラ!
如何にも能天気にケラケラと笑い返すセレン。後光が差しているかの如くその笑みが煌めいて見える。夏休みを前にした学生特有のはち切れんばかりのエネルギーが、エルフの少女の太陽のような笑顔から今、溢れ出しているのだ。
「っく!」
社会人にそれは眩し過ぎた。
「それにたぶんおじさんよか友達いっぱいいるよ!」パァァァ!
ひまわりのような満面の笑み。悪意0%が胸を抉る。
「……お、俺にだって友達いるもん!」
「ウフフ!なっつやっすみ~~♪」
「聞けよォ!」

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タレス地下監獄 184階 通路
「クレイブ、なにか見える?」
曲がり角からの強襲を警戒し、壁に背中をつけた姿勢から薄暗い通路の先を暗視スキルでひっそりと覗き見るクレイブ。その数歩後ろで、後ろ手に手を組んで待機するセレン。
「ちょっと待て……………………………………ンンっ!?」
跳ぶように踵を返したクレイブが全力でセレンに向かって駆ける。そしてそのまま速度を緩めず彼女を横切る。
「クレイブ?」
その様子をぼんやりと、棒立ちでスルーしたセレンが間の抜けた声で彼の名を呼んだ。元来た道を今全力で駆け抜けているクレイブが肩越しに叫ぶ。
「逃げるぞ!」リンリンリン!
「え、どしたの?」
この時になってようやく危機感を覚えたセレンがクレイブを追って駆け出す。セレンの疑問に、前方を駆けるクレイブが絞り出すようにような声で答える。
「通路の先から!!グレータードラゴンが来る!!」
「何体!?」
4、5匹なら自分がどうにか出来ると、カチャリとシェリア=ネイレの柄に手をあてがって立ち止まる。
「わからん!!沢山!!!」
ドコォン!!!
「「「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!」」」
瞬間、猛烈な激突音が数秒前に自分達の居た曲がり角を壁ごと微塵に粉砕し、そこから夥しい数のドラゴンが前をゆく同胞の頭や背を踏み越えながら殺到してくる。あたかも大量の水を流し込んだかのような勢いで折り重なって猛進してくるドラゴンで通路が埋め尽くされている。
「キャアーー!?何あれ!!」
絶叫したセレンが構えを解いて今度こそなりふりかまわず全力で走る。
「走れええええええええええええええええ!!!」リンリンリンリンリン!!!
「「「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!」」」

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タレス地下迷宮 207階 水門前
「そういえばさ、他のプレイヤーとすれ違わないね?」
「監獄の上位ランカーは2000層以上で常駐してる、ルーキーでもチート使えば500層くらいまではセキュリティが甘いから一日で進めるらしい」
「何それずるい」
「まぁ逆に言えば、500層まではPK(プレイヤーキラー)される心配もあんまないって事だ」
「ああそっか!」

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タレス地下監獄 242階 螺旋階段
「ねぇクレイブ」
「なんだ?」
「クレイブはどうしてゲームが好きなの?」
安全地帯の階段エリアに入る度に、セレンはクレイブに対して他愛もない世間話を投げた。クレイブの方もまんざらではない様子で話しに応じる。
「あん?うーん、つっても単純にガキの頃から漫画とかゲームとか好きだったしなぁ」
「ふぅん、子供の頃のおじさんって将来なりたいものとかあった?」
今回はどうやら将来についての話題のようだ。クレイブにしてみればそんな話しをするのはもう随分久しぶりの事だ。
「ハハ、なんだよ進路相談か?そうだな~、昔は大工とか、建築デザイナーとかになりたかったなぁ」
近所の蕎麦屋がマンションに変わっていくのを見て、幼い時分は世界が変わっていくように感じた。建物をデザインするのはデザイナーで、それを建てる金を出しているのが別の人間だという事を理解するまでは、「大工さんが街を作ってる」と、少年は目を輝かせて工事の様子を家の二階から毎日眺めていた。
「おじさん絵とか上手だもんね。……今は?」
だが、今の彼は訳もなく部屋の模様替えをしたり、レゴブロックで城を作る歳でもない。
「だから昔の話だっての」
彼の夢の限界は案外早く現実に教えられた。それは無論、いつか彼女に言ったように痛みを伴うものだったが今となっては納得している。
「まぁゲームの方は変わらず好きだよ」
息を吐けば、肺の底であの日の想いが甘く懐かしい切なさを残す。そんなクレイブを見てセレンは少しだけ俯いて肩をすくめる。
「……そっか、へあ!?」
そんな彼女の頭をクレイブの手がワシワシと乱暴に撫でる。突然の事にセレンは小さな悲鳴をあげた。
「可愛い姪とも遊べるしな!」
「…………うん」

タレス地下監獄 245階 通路
「どうしたセレン?さっきから動き鈍いぞ?」
「なんでもない!おじさんの馬鹿っ!」
振り向き様にセレンの掌底が頬を打つ。ベチーン!
「痛いっ!」
反射的に頬をおさえて尻もちをつくクレイブ。その姿に刺すような駄目出しが飛ぶ。
「痛くないでしょ!?」
「そ、そうでした」
クレイブはすぐさま背筋を伸ばして立ち上がる。
「ふんっ」
不機嫌そうに踵を返し、肩をいからせながら通路を先行するセレン。
(ええ~、なんで怒ってんデスか?)
クレイブは半ば呆然と、ご機嫌斜めのエルフの後ろ姿を眺めていたが。すぐに彼女は立ち止まって。
「クレイブ、前歩いてよ!」
「イ、イエスマム!」

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「ふああ、今日も頑張ったぁ~」
彼女はヘッドディスプレイを取り外して大きく伸びをする。そのまま肩を回しながら立ち上がり、机の上に置かれたペットボトルの紅茶を口にする。
「ふ~、お風呂入って課題やろっと、……その前に」
ベッドに飛び込んで、枕の横の携帯電話に手を伸ばす。手に取るとそのまま正座になって携帯を開いた。
「おじさんにメールっと……、あ」
件名:柏木光恵の母です。
『こんばんは。この前は光恵のお見舞いに来てくれてありがとうエリちゃん。
光恵はまだ眠ったままですが、今週末に栃木の病院の方に移る事になりました。おばさんも詳しくは分からないけど、転院先には専門の方がいらっしゃるそうで、設備も東京のものより充実しているそうです。
随分遠くなってしまうけれど、もしよかったらまた光恵に会いに来てあげて下さい。』
「……みっちゃん」
その呟きは見上げた蛍光灯にスッと吸い込まれた。

279階層 階段付近 囚人通路
普段通りクレイブが一歩先行しつつ、セレンが追随する。けれどその日は珍しく、セレンの口数が少なかった。
「……」
油断して無駄口を叩きすぎるのもどうかと思うが、こうまで薄暗く湿っぽい監獄内を黙々と進み続けるのはさしものクレイブでも気が滅入りそうだった。
モンスターの気配が周囲をうろついている、巡回ルートだ。ここはそう安全な場所ではない。
だが、それ以上に彼女の事が心配で仕方なかったクレイブは、一度立ち止まってセレンへ向き直った。
「今日、どうした?元気ないな」
「……」
セレンは、俯いたまま答えない。
「なんかあったのか?」
「……」
しばしの沈黙。クレイブは彼女の言葉を待った。
「言いたくないなら、いいが」
それでも彼女から返事はない。流石にこれ以上聞くのは野暮だと思い、クレイブは頭を掻きながら再び前へ歩き始める。
「……ねぇ、クレイブ」
背後から投げかけられた声。
数歩先でクレイブが振り返ると、先ほどの場所から微動だにしていないセレンの姿が映った。
「前、痛くなかったら嘘って言ってたよね」
彼女は何故だろうか、貼り付けたような笑みを浮かべていた。
「ん?ああ、言ったな」
一瞬クレイブは何の事だか分からなかったが、すぐに初日の事だと思い出した。その返事を待ってセレンから存外に明るい、弾むような声が発せられる。
「じゃあさっ、……《痛い》のはホントだよね」
「お前……」
異変にはすぐに気が付いた。クレイブは慌ててセレンのもとへと駆けつけ、その肩をおさえて呼びかけた。
「マジで何かあったろ!?大丈夫か?」
セレンは笑顔をそのままに、目に涙を溜めていた。
「あれ?あ、ハハハ」
自分自身でも気が付いていなかったのか、笑いながら目尻に指先が触れた途端雫が零れ、肩が震えだす。
「うえ、ひっく!」
涙を自覚したからか。混乱の中で自然と口角が下がり、喉から嗚咽が漏れ出し始める。耳に届く自身の嗚咽、止まらない涙、それがまた自分の内側で平常心を失くさせる悪循環を生む。
どう見ても今度の涙は嘘泣きではなかった。
慌てたクレイブは何処からともなくハンカチを取り出して彼女に差し出す。
「とにかく涙拭け、……って」
混乱しているのはクレイブも同じだ。
「ああもう!癖でハンカチ出しちまったけどお前のそれガチだろ?こっちで拭いても意味ねぇし!」
兜をガシガシと掻きむしりながら周囲とセレンに落ち着きなく視線を彷徨わせて「何か方法がないか」と悶絶するクレイブ。とりあえず効くかもしれないと手のハンカチを手渡す。
そんな光景を見て涙声をしゃくりあげながらセレンが小さく笑った。
「アハハ、おじ、おじさんがテンパってる」
「誰のせいだよ、とにかく階段はすぐだからな!そこまで走るぞ?大丈夫か?」
とりあえずこの場所は不味い、この状況で敵に囲まれたら全滅の可能性さえある。階段はもう目の前だが、比例してモンスターの気配も強まってきている。
「ひっく、ううぅ」
だがセレンは手で顔を覆って、肩を震わせている。クレイブは出来るだけ優しい声色を意識して尋ねる。
「キツイか?」
ブンブンと首を横に振るセレン。
「だい、じょぶだよ、へぐぅ……ヒック」
絞り出すように震える彼女の声。しかしどう見ても彼女は戦える状態ではない。
仕方がない。
応戦が不可能ならばそれはそれでやりようはある。もとよりセレンを見捨てていく選択肢など彼の中にはなかった。
「……いいか?俺の背中だけ見てろ?いいな?突っ切るぞ!!」

タレス地下監獄 279階 螺旋階段
「……ん、ズズッ」
「ちょっとは落ち着いたか?」
あれからしばらく、実プレイ時間にして20分ほど二人は螺旋階段の中腹に腰を下ろして、セレンが落ち着くのを待っていた。
「うん、ありがとクレイブ。ごめんね、節約してたポーションめっちゃ使ってたよね」
「いいよ別に、順調だった分の貯金でまだまだ余裕だ」
階段までたどり着くまでの間に結構な量の回復アイテムを使ったが、これは本当の事だ。ここまでが順調過ぎたとも言える。
「そっか、あー、今リアルのあたし顔ぐしゃぐしゃだろうな~」
困ったように笑ってみせるセレン。
「ハハ、だぶんな」
クレイブも努めて穏やかな調子で答えた。ふふ、と少しだけ微笑んで、セレンは視線をクレイブから引き剥がして口をつぐんだ。
沈黙が横ぎる。
「……」
「……」
「……聞かないの?」
今度の沈黙を破ったのは、セレンの方だった。
「聞いて欲しかったら、聞く」
二人は互いに視線を前方の闇にやったまま、言葉を紡ぐ。
「じゃあ聞いて欲しいな」
「いいぞ」
また少しだけ間を開けて、やがて彼女は覚悟したように語り始めた。
「―――ホントは300層に着いたら言おうと思ってたんだけどね」
彼女には友人が居た。名を柏木光恵(かしわぎみつえ)。
「私の友達にみっちゃんって子が居るんだ。初めはSNSのBODコミュニティで知り合って、それからよく一緒に冒険するようになったの」
この世界ではフリー登録ギルド《スワロウボックス》で傭兵業を営むセレンの相棒。クラス《スレイヤー》のミシェル。総プレイ時間800時間。
大型武器を奮う獣人族の少女だ。
「気が付くと、みっちゃんとは会った事なかったけど、ずっと昔からの友達みたいに仲良くなってたんだ。たぶんみっちゃんのアバターと四六時中一緒に居たからだと思うけど」
クレイブも何度か、その《みっちゃん》と思しき獣娘がセレンと連れ立って歩いているのを見かけた事があった。クレイブは基本的にセレン、というか近し過ぎる友人と行動するのを避ける傾向にある。気が抜けた時にオフの情報を口にしてしまうのが嫌なのだ。
その為、見かけはしても話しかけようとはしなかった。
セレンの話しは続く。
「でも、冬の終りくらいから後期の課題が忙しかったから、私、全然ログインしてなくてさ。でね、春頃にみっちゃんのお母さんから携帯にメールが届いてたんだ、えと、えっと……そこにね」
自身が吐き出そうとしている言葉が、喉につかえるように感じてセレンは言いよどんでしまう。視線が虚空と握った手の上を落ち着きなく行き来する。
それでも尚、振り絞るように言葉を紡いだ。
「そこに、みっちゃんが、い、意識ない、って書いてあって」
声がまた、震え始めていた。クレイブはただ一言、「うん」と相槌をうつ。
「す、すごい、久しぶりにBOD起動したら、メッセージボックスに沢山、みっちゃんのメッセ入ってて、『課題すんだらクエスト行こうねー』とかさ、みっちゃん私が忙しいの気遣って、BOD内にしか、め、メールして、くえて、なくで」
喋りながらセレンは自身の視界がにじんでいくのを感じる。口にした傍から思い出が胸を刺してくるように思えた。
「うん」
「ごめん、ね?しゃ、喋ると……ハハ、なんか、涙でちゃうんだ」
目尻を拭うそばから涙が溢れだしてくる、いちいち話しが止まってしまってクレイブに申し訳ないと思う。
「いいよ」
だが、クレイブは急かす事もなく話を聞いてくれていた。それだけで何処か、胸の奥が楽になった気がした。セレンは一度深呼吸をして、鼻をすすった。
大丈夫、ちゃんと話せる。
「ズズ……、もう、大丈夫。みっちゃんね、私がシェリちゃん手に入れでから、ズッ!……『相棒の私も頑張らなきゃ!』って言って強い武器探してて、私も手伝って、一緒に探してた。最後に来てたメールも、そういう内容だった」
恐らくそれが、相棒が意識を失う直前まで追い求めていたもの。
「それが、《エクスカリバー》か」
《聖剣エクスカリバー》BOD創世1周年記念に発表された《六王剣キャンペーン》に於ける6本の魔剣。それぞれに難解なリドルを盛り込んだ獲得条件が設定されており、一本づつ隔月で明らかになっていく。その中で《聖剣エクスカリバー》は3本目の限定魔剣であり、今に至るまで唯一獲得者が存在しない魔剣だ。
公式サイトの古いログの底で今尚、煌々と獲得条件を公開し続けているのがその証明である。
「約束された勝利の剣は、妖精の手によって、正しき者に、授けられる」
セレンが一語一語噛み締めるように、その獲得条件を呟く。
「それが、なんで地下監獄にあるとお前の友達は思ったんだ?」
クレイブがセレンの方へ顔を向けて尋ねる。セレンもそれを察して真剣な目をクレイブに向ける。
「『ああああ』っていうバグネームのNPCを、監獄の666階で見かけたっていう古いログを昔のBOD板で見つけたんだって」
「それで、あのファイルか」
ああああ

「うん、実はあのテキストさ、公式のリンクからたどり着ける場所にあるんだよ」
「確かに妖精っぽくはあるが……」
「それと、《エクスカリバー》の獲得条件が発表された時期と」
立ち上がったセレンは虚空をクリックしてファイルフォルダを宙に呼び出す。さらにファイルから該当するデータをドラッグして開放、前方の空間にはホログラム状に展開された当時のBOD運営予定表が出現する。
「タレスの地下監獄が、一般プレイヤーにも挑戦できるようになった時期ってほとんど重なるんだよ、見て」
セレンは呼び出したファイルフォルダからもう一つ、小さなテキストファイルを取り出してクレイブに放った。座したまま受け取ったクレイブはテキストを開き、前方に展開されている運営予定表と交互に見比べ、目を見開く。
「……マジだ」
エクスカリバーの獲得条件発表の一週間前に配信が開始されたアイテム。タレス地下監獄入場アイテム《偽罰証明書》。
「でしょ?」
真剣な面持ちでクレイブを見やるセレン、しかし彼にはまだ納得することが出来ない。彼は疑問を率直に口にした。
「けど、じゃあなんで未だに誰も《エクスカリバー》とれてないんだ?この監獄は言っちゃなんだが化け物みたいに強いアバターだらけだぞ?」
当然の疑問だった。この監獄の住人からしたら666階層など探索され尽くしたダンジョンの入口のようなものなのだ。
「たぶん、正しき者が鍵なんだと思う」
「正しき者?……あ!」
セレンの言葉にようやく得心がいったクレイブが声を上げる。
「うん」
「そうかつまり……!」
「きっと違法改造者は、《エクスカリバー》の獲得条件を満たせない」
「な、なるほどォ」
提示された答えを自分の中で慎重に再確認するように、顎に手をあてた姿勢で何度も小さく頷くクレイブ。
「分かって、くれた?」
その様子を少し緊張した面持ちで伺うセレン。彼女にしてもこれを完全に否定されれば、無理を言って強引な方法で連れてきたクレイブに、これ以上の協力を仰ぐ事は出来ない。
クレイブは背筋を伸ばし、大きく息を吐いて首肯した。
「ああ、分かった、納得した」
「良かったぁ」
ホッと胸を撫で下ろすセレン。トンとそのままクレイブの隣りに腰を落とす。クレイブは未だにブツブツと何かを呟きながら、思索を繰り返している。その様子は傍目から見ても落ち着きのない子供のようで、セレンは少しだけ嬉しくなる。何より友が誇らしかった。
「いや、お前の友達すごいな!」
クレイブは思わず興奮して口にしてから、少しだけ「しまった」と表情を強張らせた。その友人は現在、昏睡の最中にあるのだ。クレイブは少し不謹慎にはしゃぎ過ぎた自身を自戒した。
幸いにも前方の虚空に目をやっていたセレンにその表情は悟られる事はなかった。それどころかセレンの横顔はクレイブの言葉を受けて微笑んでいた。
「……そうだよ」
自慢するような響き。
「えへへ、みっちゃんは、すごいんだ」
セレンは精いっぱいの笑みを作ろうとする、なのに自身の意志とはまったく異なる場所から涙は溢れだして、一筋、頬を伝った。
「……おう」
「…………ぅ、ふぐぅ、あ」
現実の友の事を何も知らなかった、笑顔さえ見た事がない。初めて会った時、彼女は眠っていた。ずっと眠っていた。
「ひぐ、あ、うああああっ!っぐ、ああああああん!」
声を上げて泣いた。限界だった。もう止めようもなかった、胸の中で彼女との日々と自分への後悔が痛いくらいに溢れてくる。現実の友の笑顔も知らず、言葉を交わした事さえない。なのに彼女の笑みを確かに知っている。友のアバターの笑顔を思い出す、喧嘩して仲直りした事を思い出す、ふたりで旅した広大な世界を思い出す。
セレンの手が、電子の海で彼女の手を繋いでいてくれた。
そこから、もっと沢山、現実でもこの世界でも、触れ合えると思っていた。
「……おう」
クレイブが泣きじゃくるセレンをグッと腕に引き寄せて、あやすように優しく頭を撫でる。
「そうだな」
昔、泣き虫の姪っ子をあやしていた事を思いだしていた。小さな子供だった。
背が伸びたその子が、今、友の為に涙を流している。
ゲーム内でしかその子に手を貸す事が出来ないのが心苦しいが、なればこそ彼は自らが為すべき事を誓った。
「届けてやらなきゃな」
帰還後、クレイブは仮説を立てた。
《聖剣エクスカリバー》はタレス地下監獄666階に存在する。『ああああ』というバグネームのNPCには恐らく、本来別の正しい名前が存在すると思われる。バグネームはアバターの規格に応じて自動的にプログラムが中断される、チートデータに対するパッチの一種だと推測される。
しかし本来イベントを起こす筈の一般プレイヤーは、監獄の難易度と、500階層以下で頻発するチートプレイヤー達によるPKによって辿り着く事が出来ない。
そしてそれとは別に、クレイブはもう一つの、ある懸念に行き着く。
もし、仮に、セレンの友人が深層に達していたならば。
そして仮に、ヘッドディスプレイを装着した状態で意識を失っていたなら。
明確な害意をもったクラッカーが、居る。

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現在地 【タレス地下監獄 451階】

【三度目の後編】につづく(絶望)
うふふ、なんか絵を描くのが楽しくなってきたぞ(逃避)他のもちゃんと描こう(白目)
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