電脳勇者浪漫活劇”A4” 【後篇】
- 2013/10/31
- 13:53



数百トンは下らないと思われる踏みつけが監獄の床石を吹き飛ばす。舞い上がる首のない遺体。宙空で、腕を奮う二匹目の拳にもみくちゃにされてぐるぐると廻りながら壁に衝突して股から裂けて砕けた。
その振るわれた腕の上で「シャラン」と澄んだ鈴の音色がした。
「ハァァァァァァ!!」
着地したクレイブは腕上を疾走し、続く触手まみれのデーモン頭部へ踏み切る。
「ぬぅん!!」
背中の孔雀羽をなびかせ跳躍するクレイブ。粘着質な触手がうごめく頭部の中心、鋭利で醜悪な牙がらせん状に並んだ巨大な口内めがけてタイタンランスの先を勢いよく叩き込み、更に体重をのせてねじ込む。ぶちぶちと引きちぎれる肉の裂け目から噴き上がる蛍光緑の血液。
「ゴアアアアオォォォォオォォ!?」
《スタンプ》による追加ダメージを確認しないまま、ねじった慣性を利用してデーモンの背面に着地、同時に身を翻してバックステップ。セレンに向けて突撃を仕掛けようとしていたもう一体のデーモンとの間に滑り込み。
「ウオオオオオオオオオオオオオ!!」
突き出した大型盾でデーモンの鼻先を殴りつけるようにしてパリィ。受け流す。殺しきれない勢い、「ズン!」とつま先がめり込み、床石が砕ける。
「―――オラァ!!」
しかしクレイブが裂帛の一声ともに圧倒的質量の突撃を僅かに逸らした。方向を逸らされたデーモンが一、二歩先で立ち止まって振り返る。
「セレン!!」
叫ぶクレイブ、その背中合わせ。
「―――唸れさみだれ」
奮った剣陣に呼応してデーモンの上空に顕現する一振りの光臨の剣。抜き放たれた《雨剣シェリア=ネイレ》の刀身が蒼く輝く。最初の剣を追うように現出する、天蓋を覆い尽くさんばかりの夥しい光臨の剣。
「《神座の剣》っ!!」
かろうじて触手だらけの頭をセレンに向けたデーモン、その背から全身に降りそそぐ3000本の魔剣の雨。夕立のように現れた魔剣は『ダン!!』と一瞬で5mの巨体を剣山の如きありさまに縫い付け、デーモンが崩れ落ちるのと時を同じくして銀の光となって散った。
「――っし!落としたよクレイブ!」
「コイツで最後だ、押し切るぞ」
「うん!」
「ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
流血する頭部をぶるぶると掻きむしり、えずくように身を震わせるデーモン。
「背中っ!」
「入ってる!」
「合わせろよッ」リン!
瞬間、デーモンの口腔から濁流の如く吐き出される粘性のある黒炎。フロアを埋め尽くすその禍々しい炎を裂いてデーモンの真上へ飛び出す一つの影、その背を蹴って舞う蒼の剣閃。
「―――篠突け」
竜麟のマントが風を受けてたなびく、振り上げられた魔剣。燃え上がる刀身、その炎の内側で光輝する蒼。
「《フレイム=タン》ッ!!」
瞬間、天井を焦がすほどに爆発的に膨張した紅蓮の軌跡がデーモンの巨躯を一刀両断した。
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9……10―――
タレス地下監獄 11階
10階層から11階層へと下る長い螺旋階段を下りきると、そこは中心に巨大なかがり台を置いた円形のエントランスとなっている。
安全にログアウト出来る中継地点だ。
「ようやく、チェックポイント……」
室内に足を踏み入れるや否やその場にへたりこむセレン。
「うむ。頑張ったなセレン」
その背後で極彩の羽を揺らしながら満足気に腕を組むクレイブ。
「はぁ~、こんなのが後、600階以上も続くの?」
セレンは一際大きなため息をついて振り返ると、ジト目で背後のクレイブを見やった。彼はその視線を受けて呆れた様子で頭を(兜を)掻く。
「あのなぁ、お前が言いだした事だろ……」
「そうだけどさぁ」
「まぁ、慣れたら案外楽に行けそうだぞ」
眼前でうなだれるエルフ娘。その腰に下がった魔剣。
雨剣シェリア=ネイレ、実際に稼働しているのを見るのはクレイブも初めてだったが尋常ではないバランスブレイカーだ。魔王クラスを魔法剣数発で轟沈させるとは熟練プレイヤーのクレイブにしても予想外の破壊力だった。
「しっかしそれ、強いなぁ。ホントに公式かよ」
「うーん、どうだろ」
感嘆を告げるクレイブに対し、その場で体育座りになったセレンがくるりと彼に向き直って首をかしげる。
「何が?」
今度はクレイブが首をかしげる。
「十姉妹シリーズって噂じゃ非公式装備らしいよ」
「あ?どういう事だ?」
「ん~運営の出してる公式サイトのアイテムリストに、十姉妹シリーズってつい最近まで登録されてなかったんだって。ていうか今でもシェリちゃん含めて三本しか登録されてないんだよね……」
何かムズ痒いように眉間に皺をよせて膝に顎をのせるセレン。
「まだ配布前だからじゃないのか?」
「うーん、違うっぽい。だって私、登録されてない他の姉妹に会った事あるもん」
「へえー何女?」
なんだか話しが長くなりそうなのでクレイブもその場に腰を下ろして胡坐をかいた。セレンから他の十姉妹の事を聞くのは初めての事だ。
「確か、五女だったかな?《イスカ》ちゃん」
確かに聞いたことがない名前だ。というか、言われてみれば他の十姉妹に関してもバトルアリーナ4位の《嵐剣》と、以前掲示板で見聞きした長女の《月剣》以外クレイブは耳にした事がなかった。
そういえば昔《国狩り人》のメンバーがそんな噂をしてたような気がする。
「???じゃあなんでお前のは登録されてんだよ?」
「う~ん」
うんうんと唸りながら眉根を寄せるセレン。腰に下げられていたシェリア=ネイレを胸に抱えて、セレンの体育座りは前後に揺れる。
「バグ装備だったら怖かったからさ、公式に問い合わせたんだよね。そしたらしばらくして管理者側がコンタクトとってきて、何かデータチェックしてった」
「で」ピタリと体育座りの揺れを止めてクレイブに向き直るセレン。
「その翌日にアイテムリストが更新してた」
「なんか……、不具合でもあったんじゃないか?」
「稼働中の武器データのバックアップがピンポイントでなくなる?」
セレンはクレイブの言葉にもやはり納得がいかないようだ。
「それだけとは限らんだろ、けどまぁ」
そういう噂が立つ事は理解できる。確かに不可解だ。
「でも私、本当は、もっと違うこと考えてるんだ」
「違うこと?」
クレイブの問い掛けに長い耳をピクリと動かすセレン。さきほどとは打って変わってキラリと好奇心に満ちた目を彼に向けている。
「大学の教授が言ってたんだ。仮想現実世界には妖怪が住んでるかもしれないって」
「妖怪ぃ?いきなり何の話しだよ?」
唐突に捻じれた話しの方向にクレイブは思わず訝しげな声を出してしまう。
「っていうか都市伝説みたいなニュアンスだったかな?」
「お前の大学、大丈夫なのか?」
明らかに疑念に満ち溢れたクレイブの声。
「む~失礼だな~、偏差値だけで見たらおじさんの母校よか高いよ~?」
セレンはその言葉に頬を膨らませて反論する。
「はいはい、知ってますよ~。頑張ったもんなぁ」
当時は追い込みにあえぐ彼女の勉強を見てやった時期もあった。その甲斐あって見事彼女は第一志望に入学する事が出来た。リアルタイムで合格の報を聞いた兄が、直後に一升瓶担いで仕事場に突撃してきたのは記憶に新しい。
クレイブは手を伸ばしてセレンの頭をワシワシと撫でる。
「……うん」
されるがままにひとしきり撫でられるセレン。
「まぁいいや、それで?」
「でね?ええと確か、あれ?なんだっけ、えっと、そう!文明の発達した現代では――」
とある教授
「科学が進歩し、技術が大衆化していくにつれて世界は様々な分野で細かく、明らかに定義されるようになった」
「つまりそれは曖昧を形容する言葉達の消失を意味する」
「かつて人類は予期せぬ未知の事象、理由付けの困難な民族的知恵、過去歴史未来未知、とかく曖昧で定義の困難な現状に様々な呼び名を付けた」
「それは神々や怪異であり、妖精であり、神話だ」
「今に至ってもそれらは消滅さえしないものの、かなり明確に定義され、その事がもともとの存在の根幹と衝突する事例さえある」
「ポピュラーなもので言えばキリスト教徒と進化論か。彼等はもう既に何百年もこの論争を続けている」
「では、その様な曖昧な者達は現代では何処に集まっているのか?21世紀初頭からの記録に興味深いものがある」
「諸君らの大好きなテレビゲーム、曖昧な存在達は技術の申し子たるコンピュータゲームを中心に再び増殖した」
「この事が私は大変興味深い、人の築き上げた技術の粋たる娯楽、0と1で組み上げらられた完全なる世界。そこには本来曖昧な存在の入り込む余地はないように思える。」
「だが、事実は確かに、ゲーム内での神話の収束を告げている。」
「さらに近年大流行しているバーチャルリアリティ技術を運用した体感型ゲーム。そこを温床に曖昧な伝説がネット中に溢れかえっている」
「実際に《神》にあったと告げる者も現れた。いつ如何なる時代もそういった人間は少なからず存在した。彼等を狂人と定義するのは簡単だが、現代では少し意味合いが変わってくる」
「私はこう考察する」
「肉体とは予断のない現実(リアル)だ」
「そこから解き放たれた仮想現実世界とは」
「有史以前から人類の精神に潜んできた存在達と、歴史上類を見ないほど近い場所に築かれたのではないか?」
「だとするならば」
「彼等は本当に《何か》を見たのかもしれない、と」
「私居ると思うんだ」
「何がだよ」
「そういう不思議な存在が、この仮想世界のどこかに。そういう存在がたまに運営が認知し得ないようなものを、ひっそりと作ってるんじゃないかなって」
彼女は子供がおとぎ話の世界を語るように、楽しげにそれを口にする。
「うーん。お前なぁ、ちょっとそれは夢見過ぎだぞ」
だがクレイブの反応は対して冷めたものだった。彼は押し付けるような物言いではないにせよ、ハッキリと言い聞かせるように言葉を続けた。
「どんなにリアルでも、この世界はポリゴンフレームにテクスチャーを貼りつけただけの紛いモンだ。そういうオカルト的なもんが好きな年頃なのは分かるけど、あんま真に受けんなよ」
「いいじゃん、その方がワクワクするし」
すぐさまそっぽ向いてむくれるセレン。
「ゲームとして楽しむなら俺は何も言わないけどな、俺も好きだし、よっと」
その様子を尻目に膝を立てて腰を上げるクレイブ。
「……」
「けど、それ以上の事をゲームに求めるのはやめとけよ。ここでの経験は全部、世界と同じで偽物だ」
中央のかがり台まで歩み寄ると、ゆらめく炎に、ゆっくりと手を近づけていく。
「物を持った質感もあるし、匂いだって感じる、こうやって近づけると感覚センサーが指先に熱を教えてくれるが」
近づけた手を、そのまま炎の中に差し入れてみせる。当然、演出用のギミックにはそれ以上の変化はなく、クレイブの腕が燃え上がるような事もない。
「この世界には痛みがない」
「……」
僅かな沈黙に、かがり火がパチ、パチと弾ける。
「……痛みがなきゃ嘘なの?」
思うところがあったのか、言葉はすぐに返ってきた。
「ああ」
「……そっか、そうだね」
「そうだ」
セレンは何かを言い聞かせるように頷き、そのまま膝に顔をうずめる。
さて、とクレイブは大きく伸びをする。
「時間も時間だ。今日はもうここまでにしよう、お前明日学校だろ?」
「うん、よいしょ!」
すっくと立ち上がって手を振るセレン。その姿が徐々に青い粒子に変換されていく。
「また明日ね!」
「おう!」
クレイブが腕を上げて答えると同時に、エルフの少女は完全に消失した。

風呂上りの濡れた頭をタオルで拭いながら冷蔵庫を開け、ビールの350ml缶を取り出す。
リビングのソファーに勢いよく腰を落として、テーブルの上で缶ビールの口を絞る。カシュッという小気味のいい音を立て炭酸が弾ける。
不意にそのタイミングでテーブルの上の携帯が震えた。空いた手で携帯をとって開く。
件名:監獄初日!
「なんだ、エリからか」
おっじさぁん!三ヾ(⌒(ノ'ω')ノザザア!
今日はアリガト!ヾ(*´∀`*)ノキャッキャ!
この調子で明日もガンバろね!!!o(*・ロ・*)oオッシャー!
おやすみなさい♪> _(:3 」∠)_
「……ハハ、このおやすみの顔文字腹立つな~」
グビリと、キンキンに冷えた黄金色の液体が喉を嚥下する。
「か~~~っ!!!うめぇ!!!」
【泣きの後編】につづく。

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