電脳勇者浪漫活劇”A4” 【中篇】
- 2013/10/26
- 19:42


地下監獄に入る事自体はそれほど困難ではない、公式の用意した入場アイテムが存在する。だが666階となれば話はまったく異なる、通常のプレイヤーが1000時間費やして育て上げた強力なアバターでさえパーティーアタックでもってせいぜい100階程度が限度だろう。あれの攻略には、通常の《強装備》ではなく、専用の準備が必要な事をクレイブは知っていた。
大陸西エリア《砂の都ラビオン》
このエリアは通称《大砂漠》と呼ばれるワールドダンジョンによって形成されている。流砂と蜃気楼が生み出す大自然の迷路と、時間帯による炎属性のHPロスはビギナー達の序盤の大きな壁となっている。
その大砂漠の向こうに、砂の都ラビオンは存在する。大オアシスを中心に築かれた街は上位エリアとの仲介地点となっており、市場には公式のショップ以外にも《サンドキャラバン》《リサイクルユニオン》《三河屋》などの商業ギルドを始めとしたプレイヤー達の自由露店で常に賑わいを見せている。またその陰で、盗賊ギルドによる盗品の売買も盛んに行われていると噂されている。
「相変わらずの人混みだな」
クレイブは人で混雑する通りを抜ける。徐々に市場の喧騒から遠ざかっていくと、裏路地の突き当りに小さくシートを広げた老人のショップを見つけた。ターバンを巻いた老人はクレイブの姿を見受けると歯茎を見せてニカリと笑みを浮かべた。
「ようこそ!何をお求めかね?」
老人がスポットで話しかけてくる。シートの上にはHPポーションと毒消し草が幾つか。クレイブは毒消し草を指さして老人に銀貨を手渡す。老人は銀貨を空き缶に放ると草を包んでクレイブに渡した。
「毎度あり~!まだ何か御用はありますかな?」
「すいません見抜きしていいですか?」
言葉を受けた老人が顔を赤らめて身をよじる。
「ここじゃ恥ずかしいわ」
「でも我慢できないんです」
「こんなジジイでいいの?」
「……」
グッと身を乗り出したクレイブ、老人は押されるように壁際に追いやられる。
「やっ」
身をすくませる老人の逃げ場を塞ぐように壁にドンと右腕をつくクレイブ。吐息のかかるような距離でクレイブが囁く。
「そこがいいんです」
「……」
顎を引いて、不安と期待の入り混じった上目遣いでクレイブを見上げる老人。
「……」
「……」
「一名様、ごあんなぁ~い」
するとしおらしい表情から一変、再びニカリと歯茎を見せて老人は笑った。彼が手元で何かのスイッチを操作すると、クレイブの腕の横の壁が自動ドアのようにスライドして開いた。
クレイブはそれを確認すると、スッと腰を上げて一度老人に会釈する。
「どうも」
「気をつけてな~」
老人に見送られながらクレイブは壁の向こうの闇へと歩みを進めた。
【アムネッタの秘密の隠れ家】
暗い部屋だ。
室内の明かりは頼りなく、点々と置かれた小さな蝋燭が中心に置かれた革張りのソファーと、そこへと続く床石だけをぼんやりと照らし出していた。
そのソファーに身を横たえていたシルエットが、ゆっくりと起き上がる。
「誰かと思ったよ、久しぶりじゃないか」
女性の声だ。クレイブに向けられた親しげなその声は、何処か人を惑わせるような蠱惑的な響きを感じる。
「もっと、近くに来てくれ」
その言葉を受けて、クレイブは薄闇の中歩みを進める。
「お前あの合言葉マジでどうにかしろよ」
ソファーの前まで歩みを進めたクレイブが、呆れた調子で肩をすくめた。その言葉を受けてシルエットの女性は静かに立ち上がり、一歩、距離を詰めた。
「アムネッタ」
不意に幾つかの蝋燭が足元で灯り、彼女の姿を闇に浮かび上がらせた。グラマラスな肢体を覆う紫色のナイトドレス、光を受けて淡く煌めく長い銀髪、赤い瞳、灰色がかった肌、額から短く伸びた二本角。
「ふふ、いいじゃないか、ゲームは愉しむもの、そしてここは私の庭だ。趣味と実益を兼ねて然るべきだろう?」
微光の中、腕を組んで悪戯っぽく笑みを浮かべる彼女はアムネッタ。種族はハーフデーモン。ラビオンのシークレットエリアで小さな秘密商店を開いている。クレイブとは旧知の仲だ。
「巻き込まれる方の身にもなれ」
疲れたように頭を掻くクレイブ、対してアムネッタの方も不満そうに尻尾をくねらせてかぶりを振る。
「やれやれ、……君こそなんだその兜は?表情が伺えないなんて無粋にも程があるだろう」
カツカツと床にヒール鳴らしてクレイブとさらに距離をつめていくアムネッタ。艶めかしく動く細い指先が仮面の頬を撫でる。
「……せっかく、悪くない顔をしているのだから」
その指先が兜の留め金に伸びる。
「もっと……よく、見せてくれ」
もたれかかるようにクレイブに身を寄せるアムネッタ、豊満な胸が鎧に押し付けられて柔らかに変形する。
「んもぅダメだっての!」
たまらず彼女の両肩を掴んで引きはがすクレイブ。肩に触れる際にも「あ……」と細い声を出すアムネッタ。クレイブは悶絶するように「ああもう!」と右手で自らの頭を押さえながら、残った手で「STOP!STOP!」と彼女を牽制する。
「相変わらずなんでお前のロールプレイはそんなにエロいんだよ!?」
距離をとりつつ肩で息をするクレイブ、なんだかこの数分で物凄く疲弊した気がする。
「ふふ、無論、趣味と実益さ」
そう言ってアムネッタは心底楽しそうに微笑んだ。
「それとも、私がエルフだったら良かったか?」
「もういっそ殺せよ」
ここまで伝わってるのか、と仮面の内側で絶望するクレイブ。
「ははは!」
その雰囲気を察したアムネッタは腹部を抱えて込んで吹き出す。
「ふふ、あー、はは、冗談だ、そんな顔しないでくれ」
目尻の涙をぬぐって姿勢を正すアムネッタ。
「顔は分からんだろ」
「切ないくらい、今、真顔なんだろう?」
そうです。
「ふふ、ずぅっと顔を見せてくれなかった古い友が遊びに来てくれたんだ。この程度のじゃれ合いは許してくれないか?」
口元に指を当てて微笑む彼女、尻尾が上機嫌に揺れる。そんな風に言われたらクレイブはもう何も言い返せない。
「もういいよ、顔出しはNGだけど。……で」
「分かっている、砂の都の夜の女王アムネッタの隠れ家には何でも揃う」
クレイブの言葉を遮り、闇の中優雅に腕を泳がせて一礼するアムネッタ。彼女の動きに呼応するように部屋中の蝋燭が一斉に灯り、そして室内の全貌を露わにした。
「―――いらっしゃいませお客様。本日は何をお求めで?」
夥しい数の金銀財宝レアアイテムの中心で、盗賊ギルド《クイーン・オブ・ミッドナイト》ギルドマスター《アムネッタ》は妖艶な笑みを浮かべた。
―――
「クレイブ……何その装備?」
「スウェイ&パリィ特化装備だ」
「……それと同じの、小学生のとき浅草で見たよ」
「浅草サンバカーニバルだろ」
「…………うん」
クレイブの筋骨隆々な肉体を気持ち程度に隠す星形ビキニ。背面には孔雀を思わせる極彩の羽が腰から伸びている。
おもに《スラーグの歓楽街》で酒場の女性NPCが装備している事から見る事が多い《灼熱舞踏》シリーズ 。装備時の肌色の多さに加え《リジェネレーション》《反応速度上昇》という意外な優良スキルによって一時期大流行した。しかし、期間限定のレアドロップにも関わらず同シリーズの男性装備はほとんどまったく人気がなかった。アイテム欄の表示を見て歓喜したプレイヤーが装備性別欄を見てお通夜状態となる被害も報告された。理由は見ての通りである。
「……考えた結果、これが最善だと言う結論に達した」
クレイブが腰に手を当ててため息をつくと、足首でひも付きの鈴がシャランと澄んだ音を立てた。
「何かそのカッコで武器が槍とタワーシールドってアフリカの部族みたいだねクレイブ」
背中にくくりつけた2mあまりの突槍は《タイタンランス》、攻撃時の射程と威力はランス系屈指だがモーションが重く命中判定がシビアな為愛用者は少ない。
壁に立てかけた巨大な盾は《戦鏡の破片盾》、盾装備固有の防御力上昇が皆無な代わりにその大きさからパリィ性能が非常に高く、加えて《30%の魔法反射》スキルまでついたレアアイテムだ。設定的には戦神神殿の大鏡の破片という事になっている。
「……そのバケツみたいな兜は固定なんだ」
フルフェイスヘルムはクレイブのポリシーである。
「お前こそ、どうなんだ?」
半分引いた状態でコーディネートに口を出されたクレイブが、今度はセレンを値踏みするように見返した。
「チケット使って入っても、監獄で死んだらほぼ確実にロストだぞ」
「うん、でもまぁこれが現状最強装備だし」
そう言ってセレンはその場でくるりと身を翻す。竜鱗のマントがはためき、風の文様をあしらったライトメイルが煌めく。
ストライダークラスの昨年度上半期最強防具、嵐竜シリーズ。今年のアップグレードで全体性能こそ闇王シリーズに敗北したが、全防具最大のアジリティ上昇率と《消費MP50%カット》の防具スキルは未だに根強い人気を誇る。尚、女性装備のメイル部位グラフィックには胸元から鳩尾にかけて妙に劣情をそそる四角いカットが入っている。その為、ネット掲示板での匿名紳士達による有志のランキングではもはや信仰に近い地位を獲得している。
「……」
だが彼女の装備で特筆すべきは腰に下げられた剣だ。ナックルガードに女神の横顔が刻み込まれた蒼いファルシオン。
ネイレの十姉妹シリーズの三女《雨剣シェリア=ネイレ》。破壊力もさることながら魔力攻撃をオートで拡散範囲攻撃に変更する壊れ性能の限定魔剣。この十姉妹シリーズはゲーム内にそれぞれ一本づつ、計10本しか存在しないマニア垂涎のレアアイテムだ。恐らくリアルマネートレードなら数十万は下らない。
セレンは二万人の取得資格者の中から完全なリアルラックで抽選で選ばれた。
(いいなぁ……)
ちなみにクレイブはセレンの三倍以上のプレイ時間を誇るが、こういった抽選に応募して当たった試しがない。
「一応他の装備は予備のアバターに全部移したし、ロスト回復費用も一回分は溜めたから」
「そうか、あとお前このソフトインストールしとけ」
屈んだクレイブは盾の裏側をごそごそとあさって、一つの大容量ファイルをセレンに手渡した。
受け取ったセレンが首をかしげて尋ねる。
「何これ?」
「公式の出してる最上位ファイアーウォール、デバイス二つ分で六万した。残りの一枠お前が使え」
「え、いいの?」
「クラッカーがいるかもしれんし、お前になんかあったら俺が兄貴にシバかれる」
「ハハ、お父さん恐いからね~!おじさんアリガト!」
ファイルを胸に抱いて、花の咲くような満面の笑みを見せるセレン。
「おう!いつか就職したら半額払えよ!」
満面の笑み(おそらく)で返すクレイブ。
「じゃあ要らない」
笑顔のまま声色だけ平坦にしてファイルを突き返すセレン。
「……」シャラン。
突き返されたファイルを切なげに二度見するクレイブ。足首で鈴が鳴る。
「要らない」
「……分かったよ!払わんでいいからささっとインスコしろ!」
「は~い!」
胸に抱いたファイルはオレンジ色の粒子になって霧散し、すぐさま青い電子記号がセレンを取り巻いてファイルインストールが開始された。
『0%……』
『……100% インストール完了。システム再起動の為、ログアウトを行います』
かくして数分後、タレス地下監獄挑戦の準備は整った。
通常、魔王級のモンスターを相手にする場合は公式の配布しているレベル制限つきの課金防具の規格外の防御力でもそう長くはもたない。もとより地下監獄にはそのクラスのモンスターが跋扈しており、尚且つ666階層を目指すなら長期戦は避けられない。
加えてBODでは携帯出来る回復アイテムには限りがあるため、物量による強引な手段はとれない。
クレイブの立てた作戦は紙装甲の反応加速装備と、パリィ特化の大型盾でひたすら敵の攻撃をいなしつつ、セレンが後方から高威力の魔法剣で攻撃するというものだった。
「でもおじさん、じゃなかったクレイブ。その装備、革の鎧よりも防御力低いけど大丈夫なの?即死しない?」
「HPで二発は耐えれる、重層騎士の固有スキルでもう一発、運が良ければもう一発は耐えられる。」
「あはは、クレイブの運ってゴミじゃん」
彼女の心無い一言がクレイブの胸を抉る。
「……じゃあ、三発まで耐えられるよ」
幾らスキルで固めても、心だけは強くならない。それってキン○マみたいだな、とクレイブは思う。
その発想がちょっとオッサンっぽい事に気が付いて少しだけヘコんだ。
タレス地下監獄入口【地獄の門】
二体の【タレスの守護者】によって守られた、10mを越す巨大なその門は悪魔を模したその不気味な調相もさることながら時折内側から殴りつけるような強い激突音と振動を伴って僅かに開き、その隙間から強い冷気と腐ったような生臭さを吐き出している。
悪臭の関係から人通りの少ない門の前に二人のキャラクターが立っていた。
「上手い事行っても一月はかかる、気を抜くなよセレン」
「分かってるよクレイブ」
「じゃあ使うぞ」
入場アイテム《偽罰証明書》。上位クラスの悪魔族が稀にドロップする。入場以外の用途が無い為、半ば換金アイテムと化している。
クレイブが偽罰証明書を掲げると、手の中で黒い磁場となって広がり、呼応するように地獄の門が重々しく大地を鳴動させながら開門を始める。
「そういえば、結局まだ理由を聞いてなかったな」
開かれていく門からは、刺すような冷気と夥しい獣の気配が溢れだしてくる。
「……300層まで行ったら、教えるよ」
「……そうか」
音を立てて完全に門が開かれると、偽罰証明書はクレイブの手から消滅した。
「……」
ここから先はしばらく後戻りは出来ない。街まで帰還してしまえば再び一階からのスタートとなるからだ。アカウントも入獄中のアバターが居る限り、自動的に監獄内のアバターへのログインされる。
「いくぞ」
「うん!」
二人が門の奥へ足を踏み入れると、門は帰路を塞ぐように鳴動し、すぐさま閉じられた。
闇。
「……暗い」
自身の指先さえ伺えない監獄内の完全なる闇に、セレンは唾をのみ込む。
「演出だ、すぐに明るくなる」
「やだ、なんか踏んだ!」
クレイブの言葉通りすぐに正面のかがり台に火が灯り、フロアを明るく照らし出した。
「え?」
セレンが照らし出された自身の足元を見て呆けたような声を上げた。聖騎士装備のアバターが首を飛ばされて死んでいる。
「セレン」
そしてクレイブは油断なく、その聖騎士の死因と対峙していた。
炎に照らされたその巨大な足、全長5mほどのイソギンチャクのような頭部を持ったデーモンが三体が、取り囲むように二人を見下ろしていた。
「来るぞ構えろっ!!!」シャラン!
クレイブがセレンをかばうようにバックステップで後退し盾を構える!鈴が鳴る!
「ま、魔王級デーモンが入り口で三体!?」
セレンは面くらいつつも、シェリア=ネイレを抜刀して魔力を込める!
「「「 ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!! 」」」
顔面の触手を蠢かせ、三体の魔王がフロア全域を震わせるような狂ったおたけびを上げた。
現在地 【タレス地下監獄――1階】
つづく

お、終らないにゃあ。次こそ終わらせる。ぐぎぎ。

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