カレーライスだ。
ご覧いただけただろうか?
これがカレーライスである。
初めて見る方にとっては少々刺激が強いかもしれないが、この茶色いドロドロをご飯にかけて食うとそれはもうこの上なく美味なのだ。
ひとたび口に含めば芳醇なスパイス香りに野菜のコク、噛み締めれば肉の旨みが
じゅわぁと咥内にインド領を広げる、そこは熾烈なカースト社会、奴隷階級の人間に人権はなく、ひとたび表通りを外れれば人の死体が転がっているのも珍しくはない。これはブッダの生きた時代から変わらないインドの真実。そのような過酷な文化がこの黄金の泥水を生み出したのだ。
カレーは美味しい、それは宇宙の真理にさほど近い位置から我々と共にあった。
私は夢想する、果たしてカレーが嫌いな人間がこの世にいるのだろうか?
愚かな問いだということは自覚している、まったく馬鹿だ、そんな人間いる訳がない。
ある芝居にこのような一節がある。
二次元と三次元との間には高さがある。
三次元と四次元との間には時間がある。
四次元と五時限との間には給食がある。
給食を終え、尚しばしの憩い、ゴム毬の風、青い空へと突き抜ける。
その風が愛おしくて授業に身の入らぬ四時限と、
眠くまどろっこしぃ五時限との間には、コンパスやノギスで測量しきれ得ぬ楽園があった。
うん、カレー関係なかった。良い詩だこれ。
幼少期から学校給食等で幾度となく刷り込まれてきた我々のカレーに対する絶対の信頼は最早危険水域に達していると言っても過言ではない。考えてもみて欲しい、大樹に身を寄せるかの如くカレーに縋る我々に、
仮にカレーが牙を剥いた時、抗う術はあるのか?恐らくないだろう。恐竜が滅びたように、ネアンデルタールが地上から消えたように、我らもまたその『時』を失う。
最高の調味料(スパイス)は愛だ。スパイスの権化たるカレーはそれ即ち愛だ。君を愛している。君の肉体を愛し、君の精神を愛し、君の両親を愛し、君の故郷を愛している。
仮にインド人が明日地上を焼き尽くすとしても私は彼らを憎むことは出来ない。君を憎まない。聖なるドブ川ガンジス、ガンジスの大いなる流れはやがて君へと辿り着いた。

ガンジスは拒まない。ガンジスは憎まない。
ガンジスはすべてを洗い流し、すべてを受け入れる。そう
カレーはガンジスに似ている。 私が何故このような事を訥々と述べているのか、これから話す事を聞いていただければ諸君にもご納得いただける事だろう。
あれは、先日の事だった、嵐が夏の余韻を持ち去り、ベランダには涼やかな夜風が吹き込んでいた。
私は『ハートロッカー』という戦争映画を観ながら、大盛りの納豆ご飯を食べていた。
物語も佳境だ、ビクトリー基地ベータ中隊爆弾処理班班長ジェイムズ軍曹は、爆弾を巻き付けられ、人間爆弾と化したイラク人男性を救うべく戦っていた。爆弾を巻かれたイラク人男性は縋るように繰り返す「頼む、助けてくれ、お願いだ、家族がいるんだ」彼の爆弾を固定していたのは鋼鉄製の鍵だ。ジェイムズは答える「大丈夫、大丈夫だ、安心しろ、今助けてやる。だからちょっとの間黙っててくれ!サンボーン軍曹っ!頼む、道具が足りない!」サンボーン軍曹が後方から叫ぶ「何が足りない!?」「ワイヤーカッターをくれ!」「分かった30秒で行く!」駆け出すサンボーン軍曹、繰り返し通訳を通じてイラク人男性を落ち着かせようと努めるジェイムズ軍曹。刻々と過ぎていく時間。私は喉が渇いていたがテーブルにはコーラしかなかった。だが、装備が足りないのは向こうも同じだ。
残り時間は一分を切った「ジェイムズ!!撤収だ!もう時間がない!」サンボーン軍曹が叫んだ。「うるせぇっ!いいから先に行けよっ!!俺には対爆スーツがある!!」
もぐもぐ!残り40秒「畜生!そんなに死にてぇなら勝手にしやがれ!!」「残り40秒だ!!さっさと行けぇぇッ!!!」「撤収!撤収だ!!退がれーーーーーっ!!!」「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」ガキン!!一つの錠前が落ちる。「ハハッ!やった、……ああ、……すまない……無理だ、鍵が、多すぎる」
ごくごく!残り20秒。「――――」通訳も避難した今イラク人男性の言葉はジェイムズには届かない、彼は縋るような視線をジェイムズに向ける「すまない、許してくれ、すまないっ」踵を返し駆け出すジェイムズ軍曹。
「うあああああああああああああああ!!」
―――カッ!!! どうにか生還したジェイムズ軍曹とサンボーン軍曹の二人は、装甲車に揺られながら基地へと向かっていた。任務終了まで、あと二日だった。
サンボーン軍曹が今しがたついた額の傷を撫でながら言った「この傷があと6センチずれていたら、破片は俺の喉笛をかっきって、豚みたいに血を流しながら死んでた」「どうして、アンタはあんな真似が出来る?」
ジェイムズ軍曹は答える「分からない、昔から、こうなんだ―――ホント、どうして俺ってヤツはこうなんだろうな?」「……しらねぇよ」「だろうな」
サンボーンは続ける「ここじゃ毎日何百人と死ぬ、俺が死んでも誰も何も思わない」「両親は泣いてくれるかもしれないが……それだけだ」「……死にたくない」サンボーンは窓の向こうに目をやりながら涙を流していた。「ハー、うぐ……アンタは良いよな、嫁さんと、……子供がいる」
「ずずっ……子供が、欲しい。……男の子が欲しいんだ」
『戦争』が、そこに確かに顕在し触れ合える爆弾という『死』が、洗い出したのは、彼等の根源だった。生への執着、恐怖、たった今すれ違った死への臨場感に、サンボーン軍曹は未来の価値を実感した。私の下腹部は奇妙な音を奏でていた。「もう、嫌だ」これは我々に共通する感情の吐露だった。
だが、ジェイムズ軍曹は違った。
任務期間が終わり、彼は日常へと帰還を果たした。まだ幼児期の息子をあやしながら彼は諭すように呟く。
「そんな玩具が大切か?そうだよな、お前は何でも大好きだ。おもちゃが好き、ママが好き、パパが好き」
「でも、歳をとると大好きだったものがどんどん、なくなってく、パパぐらいの歳になると本当に大事な物なんて一つか二つくらい……」
「パパはもう、……一つだけだ」
サンボーン軍曹が戦場に舞い戻ったかは定かではない。だが、ジェイムズ軍曹は再び戦場に降り立つ。
そこにしか、彼が求めるものはないのだから。
再び対爆スーツを着込み戦場へ望む彼を見て私は思った、あの時、私が食べているものが大盛りのカレーライスであったのなら、コーラを飲んだ程度でこんな窮地に追いやられる事もなかったのではないかと。
納豆+ご飯+コーラ=悲しみ カレー+ご飯+コーラ=微笑み この方程式が頭をよぎった、だがしかし待ってほしい。
納豆+カレー+ご飯+コーラ=? これなら、どうなる?私は自身の灰色の脳細胞を総動員してクロックアップした澄んだ思考を獲得しアンサーへと向かう。繋がれシナプス燃えろニューロンついでに時間も止めてみせる はい!出来ました!!
納豆+カレー+ご飯+コーラ=ニッコリ★ お分かり頂けただろうか?カレーをぶっかけただけで、なんとなく、食い合わせが良くなってしまったのだ。
食い合わせが良くなってしまうのだ!!
オラァ!!! 私は不意に悪戯心からカレーに合わないものって何だろう?と考えた。
――――なかった。
いくら探してもそんな物質存在しなかったのだ。友人に協力を要請したところ「果物」等の意見が出たが果物なんてカレーの隠し味としてポピュラー過ぎてお話しにならない、言った本人もドライカレーにレーズンが入ってる事実ににわかに怯え始める。グーグル先生に聞いてみたところ「いくら」「うに」などと出たがそれはカレーに合わないというかカレーに入っていても分からないもんだろJKと言う意見に落ち着く、そのページに「我が家ではマシュマロを入れるんです」と訳の分からない文言を発見して気が狂いそうになる。私はいったい何を調べているのだ?目の前にしているのはカレーの筈なのだ、だというのにカレーのこの果てのない部分を考えているときの私ときたら、まるで布団の中で宇宙に想いを馳せ怯えた少年のような心もちなのだ。
まるで、終りのない終焉を探し続けるような広大な虚無感。 皆さんも考えて頂きたい、例えば君が傷ついて、くじけそうになったとしてもまだ膝を折る訳にはいかぬ。ここの鎮守が我等の務め、ただの一兵となろうとも通す訳にはいかぬ。
「見事」
彼等は最期まで戦い続けた。
例えばカレーにケーキをぶち込んだとして、スパイスを調整して煮込めば普通に食える気がする。マシュマロでさえ冷静に考えればコーンスターチとゼラチンと砂糖が主成分なのだから普通にとろみ付として優秀そうだ。
仮に冷蔵庫のものを片っ端から入れても、まったく完全に合わないというものはないのではなかろうか?
私は思い当たらない。
納豆にイチゴジャム入れるようなマジで合わない組合わせが果たしてカレーに存在するのだろうか?
まるで底が見えぬ。
誰か、おらぬのか!?
ヤツを屠るようなもののふはおらぬのか!?
おらぬなら
今夜はやっぱり
カレーだね。
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